top of page
02-5.胸騒ぎ

「おじさん!おばさん!」

勢い良く家の扉を開け、アッシュが駆け込んで来た。 
西の森で狩りの途中、隣に住む鍛冶屋のおじさんからアッシュのおじさんとおばさんが倒れたと知らせを受け急いで帰って来たのだ。 
玄関で膝を着きながら息を切らしていると、目の前にエニスがやって来た。 
「エ…エニス!…二人の容体は!?」 
「えぇ、大丈夫よ!何も問題は無いわ」 
エニスは優しく答えた。 
「本当に?本当にか?」 
「ちょっと!医者の娘の言う事を信じなさい!」 


えっへん、とエニスが胸を張る。 
良かった、本当に…アッシュは心から安堵した。

また大切な人達を失うかと…。

「ごめんね、アッシュ、ちょっと立ち眩みがして倒れちゃっただけなのよ?そうしたらお隣さんがアッシュに伝えるんだって…飛んで行っちゃったのよ…」 
「悪い…アッシュ」 
二人は、ばつが悪るそうにアッシュを見つめた。 
「本当に良かったです、お二人が無事で本当に…」 
「まったく、鍛冶屋のおじさんったら…」 


と、悪態をつきながらも、自分達の為に急いで帰って来てくれたのが余程嬉しかったようだ。 
おばさんは頬をほころばせてアッシュの頭を撫で回す。 
アッシュは恥ずかしがりながら、黙って目を逸らしていた。

そんな風におばさんは言うが、恐らく、鍛冶屋のおじさんは流行り病を心配して駆けつけてくれたのだとアッシュは思った。

 

最近、この周辺で謎の病気が多発している。 
病気と言うものの、身体から植物が生えるという“奇病”だ。 
最初は身体に植物が生える以外何も問題は無いのだが、次第に身体を蝕み最終的には死に至ら占める。 
原因は不明、特効薬も無い。 
この病気になったら最後、死を待つのみだ。

 

「アッシュ…ちょっと話があるの…」 
エニスがアッシュの服の袖を引っ張り家の外へ連れて行こうとする。 
「なんだよ、話しならここでも…っ」 
「いいから!」 
勢いよく顔を近づけ話しを遮り、強い口調でエニスは言うとそのままアッシュを連れ出した。 
背後ではおばさんの笑い声と、おじさんの早く帰って来いよ、と言う声が聞こえた。

 

村の外れ、普段村の人達でも滅多に訪れない場所まで来た。日はもう沈みかけ辺りは静まり返っている。
エニスは掴んでいたアッシュの袖を離した。 
「エニス、どうしたんだ?何か変だぞ?」 
アッシュに背を向けたままなのでエニスの表情は見えないが、人の感情に敏感なアッシュはエニスの行動に胸騒ぎを感じていた。 
出来ればこれから聞かされるであろう言葉を耳にしたくない。 
聞いてしまったらもう元には戻れないような…そんな嫌な予感。

「私…アッシュに嘘をついた…」 
「…え?」 
普段のエニスから想像もつかない小さく、か細い声がアッシュの思考を停止させた。 
「おじさんとおばさん…ほんとは…大丈夫じゃ無いの」 
「どういう…事?」 
「奇病よ」 
振り向きアッシュの目をしっかりと見てそう言った。 
「もう身体中に根が巡っていて…。じきに皮膚を突き破って植物が身体を覆いだすわ」 
嘘だ、だってあんなに元気だったじゃないか!…というエニスを責める言葉は、彼女の目を見た途端、痛いほどの想いが伝わり声にならなかった。 
「私……お医者さんなのに…おじさんとおばさんを助けられないの…!何もしてあげられないの!アッシュ…ごめんなさい!!」 
肩を震わせ悲鳴にも近い声で叫び、糸が切れたかの様にその場に座りこんだ。

あのいつも笑顔で煩わしいぐらい世話焼きのエニスが泣いている。 
大切な人達の死を何も出来ずただ見つめる事しか出来ない無力さ、それはアッシュも同じだ。

両親が目の前でアンセクトに襲われ、全てを失い、1人孤独の中にいたアッシュにもう一度生きる希望、生きる幸せを与えてくれたのは紛れもなくあの二人だ。 
アッシュに二度目の人生を与えてくれた大切な人達。 
エニスはそれを知っている、そしてアッシュが今、平和な世界でみんなと一緒に笑っている…。 
エニスはアッシュの幸せを必死に守ろうとしていてくれた。

心が、痛む。

「エニス、君は最善を尽くしてくれたんだ。だから…そんな顔しないで…お願い、泣かないで…」 
最後の方の言葉は涙を堪えたせいで震えてしまった。 
今出来る精一杯に紡いだ言葉、ちゃんとエニスに届いただろうか。 
「…ごめんなさい、アッシュ…ごめん」 
そう言ってエニスはアッシュの胸に飛び込んだ。 
僕はその震える小さな肩を、そっとを抱きしめた。

彼女の泣き顔を見るのは初めてだった。

 

―もしかしたら― 
エニスが、ふと思い出したかのように顔を上げた。

「アッシュ、あのね、もしかしたら…」 
長い沈黙の後、エニスがぽつりと呟いた。

「もしかしたら…。おじさんとおばさんを救えるかも、しれない……」 
「!!」 
「確証は無いけど…。昔、お父さんの古い書物に奇病に似た症例が書いてあったのを思い出したの」 
泣き腫らした目がアッシュに訴えかける。 
まだ彼女は希望を捨てていない、二人を救う為に自分に出来る事があるなら何でもする。

例え、何かを犠牲にしたとしても…。

アッシュは覚悟を決めた。 
「エニス!おじさんとおばさんを助けよう!必ず…!!」 
「えぇ!」 
エニスはアッシュの力強い言葉を聞き、笑顔を見せた。 
僅かながら、希望が見えた気がした。

とにもかくにも、まずはその書物を確かめようと二人が村に戻ろうとしたその時、 
風に混じって何かが焼け焦げた臭いがした。 
……村の方からだ。 
何かあったに違いない。 

アッシュとエニスはぞっとして顏を見合わせた。 
「エニス!急ぐぞ!!」 

二人は村へ駆け出した。

bottom of page