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08.ハナアカシ

辺り一面紅い花だらけ。上には美しい青空。 
穏やかに風が吹き、花が揺れる。 

……あぁ。これは、いつか夢で見た光景だ。 
ここは夢の中か?……懐かしいな。 
あの時は何も知らなかった。 
ただ、信じていた。 
なのに……なのに…………。 

「水やり、ちゃんとやってる?」 

アッシュは声のした方へ顔を向けた。 
そこには、何処からともなくやってきたエニスがいた。 

そう。これは夢ではない。現実だ。 


僕はあの時、確かに剣で急所を貫かれた。 
死んだはずだった。 
だってそうだろう?人は死ぬものなんだ。生きとし生けるものはみな、必ず終わりがやってくる。 
なのに僕はここにいる。 
なぜ?ここは死後の世界? 
答えは否。それだったら、きっとローズやレオニスがいるはずだ。 
……いや、“いない”は言い過ぎたかもしれない。 
実際には“いる“。 
ははっ。なんでそんな曖昧な表現なんだって? 
違うんだ。だってみんなは……。 

エニスが足元に咲く花を引きちぎり、耳元に当てがう。 
「あぁ、今日もイイ声が聞こえるわ…。ふふっ。いつ聞いても飽きないわね」 
エニスはアッシュの方を向いて微笑んだ。 

そう、オルドノイエの命は、僕を除いて全て花と化した。 
アンセクトも、かつてのアンセクトの犠牲者も全て。 
オルドノイエに生をもたらされた者たち全てがここにいる 
だからおばさんやおじさん、ローズ、レオニスは“ここに咲いている”。 

彼女は上機嫌になったらしく、歌い出した。 
それは、かつて村で歌っていたあのウタだった。 

もう全部どうでもいいんだ。 
世界を救うなんて、おこがましかったんだ。 
いや、ただ狂気に飲まれた僕が悪いのかもしれない。 
……まぁ今となっては本当、どうでもいい。 

もう時間の経過がわからないんだ。 
だって、この世界は何も変化がないから。 
ずっと……ずっと………。 
何年経ったのだろうか。いや、もしかして一週間も経っていないのかもしれない。 
僕はエニスに剣で貫かれた結果、‟あちら側の者”に近づいたらしい。 
ここから出たくても出られない。 
死にたくても、死ねない。 
絶対に、逃げられない……。 

「ねぇ、せっかくだからアッシュも歌いましょうよ?……って、まだ口きいてくれないの?もう……」 

歌うだって?その歌の意味も、発音の仕方も知らないのに?バカバカしい。 
わかるわけがないじゃないか。だってエニスは、そもそも僕と住む世界が違っていたのだから。 

「じゃあ、そうねぇ……。私が歌うから、アッシュは想いを込めながら聞いていてくれる?そうしたら、私がアッシュの想いを歌ってあげるわ」 
そうか、こいつらは人の心が読めるのだったな。 
なら、何を考えても仕方がない。 
どうせなら、僕もその歌に乗せて祈ろう。 

どうかこの夢から覚めるようにと。 
どうかここから出してくれと。 
どうか楽にしてくれと。 

出られないのなら、いっそのこと…… 

 


狂ってしまいたいと。

 

……… 


………… 


…………… 


流れる静寂 響くは歌声 
萌え出づ草原 匂い立つ 花紅し 

終わらぬ夢の中 (出して今) 
息をして 穂を濡らし 枯れなき幹 壊せぬ鎖 (終わりたい) 
ただ尽くすのみ (諦めて) 
あやなしと 心離り 傀儡となり彷徨い続く 

羽ばたく蝶のように 甘美な蜜を探る 
いたづらなる日々 花散らし 時を移す 

朽ちゆく切り花 枝葉の滲む朱 

穢れなき箱の中 (詰まらない) 
眠りつき 刻を止め 美しきまま蓋を閉じて (逃がさない) 
ただ君が為 (愛おしい) 
荒びにて そぞろ笑み 何事も らうろうせむと 

羽ばたく蝶のように 甘美な蜜を探る 
いたづらなる日々 夢を見せて 時を移す 

あくまで (出して今) 鎖し籠む (終わりたい) 
たぶれば (涙枯れ) 出でかつ (息止めて) 
それさへ (詰まらない) あきみつ (逃がさない) 
今また (共鳴し合う) 驚かむ (箱の中) 


…………… 


………… 


……… 


 


終わらない夢。 


繰り返す夢。 


悲劇の夢。 

それは、気まぐれな神様たちの暇つぶし。 

ここは、紅い花が咲き乱れる、神の箱庭。 



「ふふふっ。次は何をやろうかしら?」 



Fin 

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