07.Canna
探していたエニスが目の前に立っている。
でもそれは、僕の知っているエニスではなかった。
側には、先ほどまで僕と戦っていた、王の亡骸が横たわっている。
そして、その光景を打ち消すかのように、今まで不毛の地だったオルドノイエに、 緑の美しい植物が風に吹かれてゆらゆらと生い茂っている。
「あぁ、アッシュっ!私を探しに来てくれたのね?!嬉しいわ!」
いつものようにエニスはアッシュに近づくが、その笑みには返り血がすうっと頬を伝っている。
アッシュは思わず後退ってしまった。
「………アッシュ?どうしたの?」
エニスはきょとんとし、首をかしげた。
「……エニス」
―本当は知りたくなんかない、でも……。
「王が…アンセクトの王が言っていたんだ。この奇病の元凶はアンセクトじゃないって…」
―聞かなくては。
「何年も昔に、この世界へやって来た白い死神がその元凶だって…」
―真実を。
「だから、王を倒してもこの世界は……救えないって……」
―どちらが正しかったのかと。願わくば……。
「嘘……だよな?エニスが…エニスのお父さんの研究が間違うはずないよな!ははっ、だってエニスのお父さんは優秀な医者だしな!ははは!」
「アッシュ」
「……な、なんだよ」
エニスは凛とした声で、アッシュを止めた。
「私に人間の父などいないわ。私の父は天にいらっしゃる創造主…。 貴方達と同じにしないでくれる?」
「えに……す?」
エニスはため息をついた。
「あーあ。最後まで騙せると思ったのに…。あのゴミ虫のせいで全部が台無し……。興醒めだわ」
僕はエニスが否定してくれると思っていた。
それに僕の知っているエニスは、こんな笑い方をしない。こんな目をしない。こんな言葉を言わない。こんな、こんな…こんな……
そうか、こいつはエニスじゃないんだ。こいつは……
エニスの姿をした“ダレカ”
「お前は一体誰だ!」
「えぇっ!?ずぅーっと一緒にいた幼馴染みの顔を忘れちゃったの?ふふっ、エニスよ?アッシュ、え、に、すぅ!」
「違う…お前なんか…知らないッ!!」
そうアッシュが叫ぶと、エニスがゆっくりと近づいてくる。
「く、来るな!」
「ねぇ、アッシュ?この世界はこの後どうなると思う?」
エニスは微笑みながら歩みを止めない。
「人間は死に絶え、アンセクトさえも居ないこの世界…。いえ、箱庭はね、もう一度生まれ変わるのよ!
創造主の思し召しによりまた命が生まれる!!ねぇ?アッシュ!!素晴らしいでしょ?!ね?ねぇ?!」
興奮したように話すエニスに、アッシュはまたもう一歩後退ろうとしたその時、異変を感じた。
(身体が動かないッ…!!)
ならば声だけでも抵抗を、と思ったが、それも叶わなかった。
「ふふっ、それでね、その為に少し困った事があるの…。新しく生まれ変わった後、この箱庭を見守る番人がいないのよ…」
エニスは銀色の剣に自分の血を塗った。
「アッシュなら…私のオネガイ、聞いてくれるわよね?」
ドスッ
「っ…ッ!」
エニスの剣がアッシュを貫いた。
(なん…で……)
激痛が襲うが、それでも依然として身体は動かず、声も出ない。
(くそっ…!このまま…死ぬの…か……)
身体の力が抜け、ゆっくりと手足の先が冷たくなっていくのが分かる。
(まずい、意識が…遠の…く…)
「あ!そうそう!忘れる所だったわ!」
危ない、危ない、と無邪気に笑うエニスはアッシュの耳元でこう囁いた。
「アッシュのご両親、殺したの私」
(イマ……ナン…テ…?)
「ふふっ。ただ私の計画に、邪魔な存在だったからよ」
アッシュは自らの力でどうする事もできず、静かに目を閉じ倒れた。
「アッシュ…これで、私と一緒ね…」
仰向けに横たわるアッシュの隣に腰をおろしたエニスが優しく声をかけた。
「一緒に楽しみましょ?この神の思し召しを…」
白い天使はアッシュの頬を撫でた。
とても、穏やかな時間が流れた。
鳥も、虫も、人も、誰もいない。
何も聞こえない無の世界…。
風に揺らぐ箱庭の緑は、その時を待っていたかのように、一斉に紅い花を咲かせた。