05.Screaming Dementedly
“地獄絵図”とはこのことなのか。
大地にはこびるアンセクトたち。人を襲い、喰らう音。
すでに倒れているヒトからは、枝葉が伸び、蕾をつける。
そして、逃げ惑う人々の、叫び。
アッシュは問う。
なぜこんなことになってしまったのか。
我々はどこで間違えてしまったのか。
僕たちが一体何をしたっていうのか……。
仲間も4人になり、道中の村々を助け、旅は順調かに思えた。
―しかし、
その時はやってきたんだ。
突如、異様な音波が頭に響いてきたのだ。
そしてアンセクトたちは、より一層残虐になった。
この音波はアンセクトたちが出しているのか?
自分たちの危機を感じ、奥の手を使ってきたのか?
ということは…
あの先にある塔の中に、奴らの王がいるのかもしれない。
「あぁぁ、くそっ!」
負けるな、負けるな、負けるな!!!
ここまで来たんだ。あと少し…!
…そこで僕は気がついた。
「エニスはどこに行った…??」
周りを見渡してもいない。
さっきまでは僕の後ろにいたのに。
一瞬のうちに喰われたのか?跡形もなく?気配もなく? いや、そんな馬鹿な話あってたまるか!
「おい、エニスはどこに行ったんだ?!」
後ろにいたローズとレオニスに話しかけても、ずっと俯いたまま。
レオニスに関しては、ずっとブツブツ人形に話しかけている。
どうしたっていうんだ…。みんな、世界も、全部!!!
「……ふふっ」
アッシュが考えていると、突然ローズが笑い始めた。
「……おい、なにがおかしいんだ?」
「ふふ…。え、いや、何でもないわ……。ふふふ…」
そう言いながらも笑いが止まらないローズ。
アッシュの眉間にシワが寄るが、そんなことにも気がつかない。
「おい、もしかして、エニスの居場所を知ってい……」
「ふふっ!あははは!!!あーもう耐えられない!ふふ…あはっ!!あはは!!」
アッシュは固まった。
元から危ない思考の持ち主だったが、こんな風に笑うことは今までなかった。
「あはは……。もうこの世界も終わりなのね…。うふ…ふはっ、あははは!!!」
「ローズ…?」
…嫌な予感がする。
「世界が終わる!みんな死ぬのよ!!赤く赤く染まって!!美しいわぁ…!
でもそれなら、私は母さまや父さまみたいに、私の手で!私が紅くお化粧をして、
……最も美しい姿で逝きたいわ!!!」
「おい馬鹿っ!やめろっ!!」
今はいつも彼女の留め金となっていたエニスがいない。
だから、
止められなかった。
辺りは赤い花の海。
そして響く幼子の笑い声。
「おい、やめろ!やめてくれっ!!」
悲痛な声で叫ぶ。でもそれは届かない。
「……ふふふ。ねぇ、どう?アッシュ。
私、キレイでしょ?…ふふっ。あは…ははは……ははっ……」
そう言って、動かなくなった。
「なん…で……。なんなんだよおぉぉぉぉ!!!!」
アッシュの叫びは、ただ、空に響くだけだった。
「…今の…今の笑い声は、妹か?!どこにいるんだ?!?!」
今度は、さっきまで俯いたレオニスが突然騒ぎ始め、ローズの方へ近寄ろうとしている。
「違う!それはローズだ!!お前の妹はもう死んだんだろ?!いい加減目を覚ませっ!!」
「そんなことはないっ!!!私の妹が呼んでいるんだ!!そこを退きたまえ!!!」
先程まで抱いていた人形を放り投げ、ローズの身体を抱きかかえる。
「おい…そんなことをしてると、血の匂いを嗅ぎつけてアンセクトが来るぞ!」
「ははは、何を言っているんだい?私の妹はここに、こうして生きているじゃないか。温かい…。ほら、もう私が来たから大丈夫だよ。これからもずっと、守ってあげるからね…。何?兄様のことが大好きだって?私もだよ……」
駄目だ。レオニスはもう話しかけても戻らない。現実を完全に捨ててる。
このまま僕もここにいたら、いずれアンセクトに囲まれてお終いだ。
エニスを探すことも、王を倒して世界を戻すこともできず、死ぬのか…?
くっ、どうすれば…っ!!!
「……君はそこで何をしているんだい?」
さっきまでローズ、いや、妹に話しかけていたレオニスが、突然こちらに話しかけてきた。
その顔は今までにない、キリッとしたものだった。
「君は、やるべきことがあるのだろう?守りたいもののために、ただ、それだけのために、人は走り抜ければいいのさ」
有無も言わせない目付き。
ふと思い出した。
『それに、素敵な未来っていうのは、人によってそれぞれ違うと思うのだけれど?』
あぁ。この2人が選んだ未来はこれなのか。
でも、僕は…。僕には……っ!!
そう思った瞬間、アッシュは走り出していた。
レオニスは笑っていた。
「はははっ。全く、世話の焼けるリーダー君だったね。でもこれで、やっと君のもとに行けるよ」
ブレスレットを見つめ、空を仰ぐと、そこは既に赤く黒く染まり始めていた。
アッシュはエニスがいないか確認しながら、塔に向かって走った。
途中、レオニスたちがいた方を向いたが、そこはすでにアンセクトで埋め尽くされていた。
だが、僕は走らなければならない。
前に、前に。
「どこにいるんだ、エニスっ!!」
…結局、塔の入り口までエニスは見つからなかった。
あり得ないが、信じたくはないが、エニスはもう殺されてしまったのか…
また、僕は、何も守れなかったのかっ…!?
膝から崩れ落ち、諦めかけたその時、
草原の中に光るものがあった。
「……これは?!」
それは、エニスのつけていた髪飾りだった。
ということは、この中に……。
アッシュは1人、決意を固め、塔の中に駆け込んだ。